ラジオの思い出

|

このHPを作っている目的は自己表現・記憶の整理と収納、みたいなところもあるので、自分のために思い出すシリーズをやっていきたいな〜と思ってこの記事を書き始めている。

ラジオ、最近聞いてないなって。いや、聞いてるっちゃ聞いてるけど、昔ほど頻繁ではなくなったというか…媒体が変わって聞いててもラジオ感ねえな…みたいな…。

今の私は気になる芸人ラジオの気になる回だけを聞いて、連続して聞いたりもしていない。podcastとyoutube、たまーにradikoのタイムフリー。

Youtubeで聴ける金属バットの声流電刹・podcastでまとめて過去回を追ってる真空ジェシカのラジオ父ちゃんおよび最近マジで更新されていないYoutubeのギガラジオくらいしかまともに聴けておらず、なんかミーハー感にもほどがあるラインナップというザマ。

それでも私はラジオという媒体への愛着がいまだにある。

私にとってのラジオと思い出

私にとってラジオとは完全に現実逃避の場・セーフティエリアだった。

ガキのときの家庭環境が常に喧嘩の絶えない最悪空間だったため、布団の中でウォークマンを握りしめてイヤホンをしながら聴くラジオにかなり救われてきた。

馴れ初めは、なぜかMDとCDとカセットが使えるコンポを与えられてから。(親はゲーム以外のガジェットの類を子に与えることになぜか躊躇がなかった)

まず小学生の頃、大好きなテニプリのラジオ(通称ラジプリ。なんと2024年現在も続いている)をMDやコンポ内蔵のレコーダーに録音しまくり、聴いていた。文化放送は声優ラジオが盛んかつ、ラジプリ以外にもテニス出演声優が結構番組を持っていたので、夜中は声優ラジオを聴きまくっていた。

あとは、親に車でいろんな場所に連れ回されていた(旅行や遠出は必ずドライブ+車中泊、買い物も留守番を許されなかった)ため、カーステから流れるJ-WAVEを…ひいてはクリス・ペプラーの声で育っているところがある。

今もジャズやR&B系統の音楽が好きなのは、「深夜の首都高でオレンジのライトを浴びながら高速ビルの建つ街を駆け抜ける景色とオサレ音楽の組み合わせ」にある、他の子が味わってなさそう(そんなことはない)な景色から得られる優越感や全能感を早めに知ったからなのだろう。マセガキゆえの背伸び。

あとは…それがまた、車中で繰り広げられる喧嘩などから逃げる手段でもあったり。

中学生の時なんか、ラジオの感想ブログ書いてたな〜。あと、深夜の番組でアルクアラウンドMVがハネる直前のサカナクションと、ドラマチックの頃のBaseBallBearを知ったな。私はスペシャとラジオからたくさんの音楽を知った。

高校生の時に東日本大震災を経験したのだが、住んでいた神奈川県では物が落ちる程度の強い揺れにとどまったものの、停電はそこそこ発生しており、余震も頻発していたためにTwitterと電池式ラジオの反復横跳びで心を落ち着かせていた。ラジオに対してすごくいい印象を持っているのは、この経験が一番でかいのかもしれない。

なんの番組が好きだったんだっけ

●小さい頃から刷り込みでJ-WAVEに親しんでいたので、特にTOKIO HOT 100は当たり前に日常にあるものだった。基本的にカーステから聞こえるから、クリス・ペプラーの声に今でもなんとなく車酔いを錯覚するのだけど…

テニスの王子様オン・ザ・レイディオ(途中から新テニ仕様に)は特に小学生の頃自発的に聞き始めたもの。今も続いてるのすごすぎない!?怖い。もうスタッフ側にガキの時聞いてた人いそう。月替わりのパーソナリティ2人に毎週ゲスト1人で、とにかくたくさんのキャラクターがいるコンテンツだからできる暴力的な声優数を誇っておりました。いまはやや縮小されているけど…。キャラソンをイジり倒すコーナーが好きだったな。小芝居のオチに曲の一部を切り取って流すやつ。オモシロ歌詞がいっぱいだったし、神尾が大人気すぎる。あと、キャラソンCDでバーコードバトラーしてたやつ。

●文化放送の声優番組枠はラジプリ以外にも豊富なので、テニプリ出演声優を中心になんとなく聞いた。高橋広樹のBE YOUR SELFだったり、諏訪部順一+鈴木達央でやっていた乙研(略称しか覚えてない!)だったり。ああ…ピュアな(?)ころの鈴木達央だ…今は….いや、この話はやめよう。あと、関智一+長沢美樹のビッグバンだっけ。関智一がもう常に下ネタとセクハラ全開だった気がする。今なら確実に毎週炎上しておかしくなかったと思う…。長沢さんが過去お付き合いしてた事を暴露をしなければこのふたりの掛け合いに納得できなかったかもしれない。とにかく、すごすぎラジオだった。関さん、今はかなり丸くなったほうだな…。こんなかんじで、つまみ食い程度に気になる番組を聞いていた。

●高校の時はSCHOOL OF LOCKを聞いていた。私が聞いてた時期はギリやましげ校長やしろ教頭のころで、途中から遠山校長になったと思う。10代向けラジオらしいノリは好きじゃなかったけどBUMP OF CHICKENがたまに出てたから…。

〜ここから長い思い出〜このラジオって遠山政権(?)になってからTMGEを推すようになり、ついにThe Birthdayの日本武道館公演に企画持ち込むようになったんじゃよ。で、私はそれに当選し無事ライブに招待され、観たんだ。その企画がタダでライブ招待する代わりにレポ記事を書くというものだったので、拙い文章を書き殴り、当然送った。今もweb上に存在している。あと…このラジオが主体になっている、10代バンド限定オーディション形式フェスである「閃光ライオット」(最近復活したね)に一度いった。客も10代限定だったか?そのとき9mmをタダでみれるから行ったんだけど、そこで或る感覚というバンドに会いまして…高校時代はずっとそのバンドのライブに行きまくって、最終的にはバンド側の企画を通して前座をやらせてもらった。ほんとに、いい出会い、いい思い出だったね〜。実は出演決まった時にネットに記事が出て、その時のアー写(スタジオ帰りバンドのみんなで自撮りしたやつ)とバンド名がBARKSに載っている。〜思い出終了〜

●JUNK、オールナイトニッポン、他芸人ラジオも当然陰鬱な青春を支えたひとつの光だった。主に高校生〜成人前後までは結構熱心に聞いていた。このユーモアに触れておいてよかったと思える。私がよく聞いていたものを羅列するとオードリーANN、三四郎ANN、デブッタンテ、うしろシティ星のギガボディ、ハライチのターン、エレ片コント太郎、東京ポッド許可局あたり。東京ポッド許可局は、ガキながらにスレてるおじさんたちだな〜と、あまり当時は聞いてて良い心地がしなかったけれど、それでも聞いてられる不思議さがあった。単純に、話がうまいと聞いちゃうんだねえ…。それに、スレた見方もまた、自分にないものだったので興味深かった。デブッタンテからうしろシティとハライチがそれぞれラジオを持つ流れもリアルタイムで追っていた。めっちゃしっかり毎週聞くわけじゃなかったけど聞き流すにちょうどいい温度感だったな。三四郎ANNも、バチボコとかきんに君ゲスト回とか、超好きだった。マヂラブANNはかなり近年だけどたまに聞いてる。野田クリスタルが選んだ曲を流してるんだけどさ、あまりにもニコ厨しててどうも心がざわつく。

●アーティストのラジオも結構聞いた。BUMPはいまでもPONTSUKAをやっているし、クリピANNは一生大江戸シーランしててほしかった。短い間しかやらなかったけど初回から最終までちゃんと聞いたのはceroのNight Drifter。たくさん私好みの音楽を発掘できた。

●アイドルにハマった2016年ごろから元J事務所グループのラジオも結構追った。レコメンのばど担当回、らじらーもぎたて関ジュースbayじゃないか….この辺は関ジュやWESTだな。WESTは流星担だけど、流星くんが急にどついたれ本舗を流し始めて冷や汗をかいたことがあります。あと流星くんの喉ハムスター事件一生おもろい。V6関係だとトニセンのNEXT GENERATION三宅健のラヂオはよく聞いた。(伝説の回、カリカリロング)

●蔵前の雑貨店でバイトしてた時、店内はずっとTOKYO FMを流していた。地域に根ざしたリノベーション、意識の高いプロダクト、ベンチャーの挑戦云々と意識の高いゲストや会社の人を呼んだ意識の高すぎるトーク番組が流れる中で、あ、安部礼司はわりと清涼剤だった。安部礼司というサラリーマンをとりまく日常系どたばたラジオドラマ?みたいな?曖昧だけど、なんかリアルに登場人物が結婚して歳を取って子供できて子供成長して…な感じだったと思う。暇だったから、意識高いトークよりアドリブトークとかのほうがたのしい。

●今聴いているもの、となると、それは冒頭でも言及したように、暇な時に過去回をまとめて聴いている真空ジェシカのラジオ父ちゃんギガラジオ、金属バットの声流電刹、それと…うーん、匿名ラジオも?あと空気階段の踊り場とか。完全に好みのユーモアが保証されているから…という保身に走っている。芸人の中にオモコロ混ぜるなよ。開拓、したいねえ…。

書き出してみて

ここまで書いてみて、そりゃずっと聴き続けてるものはないし終わっちゃってるのもあるし…なんだけど、結構な数の番組に触れて、それぞれ思い入れや、聴くと思い出すあれこれがある。人生のかけらかもしれん。そのときハマってたものもわかりやすいし。

自分が何聴いてたのかな、どういう時に何聴いてたかな、で書き出してみたけど、まだまだ記憶の奥底に思い出せてないラジオの思い出がありそう。その時は追記しようと思う。

とりあえず〜完〜